美少女フィギュアをアートにした造型家「ボーメ」に迫る!

2008.11.18 Tue

 

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「鬼娘(うたたねひろゆき版)」
ボーメ:本名は秘密。1961年9月21日、大阪生まれ。海洋堂制作部所属。「ボーメ」という名前の由来は、「帽子にメガネ」だったから。幼い頃からTVっ子で、アニメに夢中だったボーメ氏。育った環境が田舎だったので、手近なもので何かを創作するのが大好きだったという。学生時代はバイクとプラモデルに夢中。
2003年、現代アート作家の村上隆の美少女フィギュア作品「Miss KO2」が、NYのオークションにて56万7500ドル(約5537万円)という当時現代アートとしては最高値で落札された。そのフィギュアを作り上げたのが、世界的な知名度を誇る造形作家のボーメ氏だ。氏は「チョコエッグ」でおなじみの食玩メーカー海洋堂に所属。美少女フィギュアを芸術にまで高めたパイオニアであり、2000年のNY、2001年のパリに続いて2008年にはパルコギャラリーにて日本初のソロエキシビション「ボーメ~アーティストデビュー10周年記念展~」を開催。カルティエ現代美術財団をして「キング・オブ・オタク」と言わしめたほどの人物だというボーメ氏の、創作と作品の魅力についてご紹介!

■どこまで3D独自の魅力を上乗せしていけるか?
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ボーメ氏近影:これが数々の伝説的フィギュアを生み出した、ボーメ氏の海洋堂内アトリエだ!
実は元々アニメ制作を手がけていたというボーメ氏。東京のアニメ撮影会社に就職したものの、労働条件の悪さのため挫折!80年代初頭のガレージキット創世記から造形活動を続けてきた経験を活かし、海洋堂のギャラリー「海洋堂ホビーロビー東京」で働くうちに、社員として海洋堂商品の原型を手掛けることになった…というのが、ボーメ氏が伝説的な作品を創作するきっかけ。アニメという2次元からフィギュアという3次元に移るのに、苦労はなかったのだろうか?

「やはり2Dから3D化への過程で、つじつまの合わないギャップが生じる事があります。意識しているのはできるだけ元の絵やキャラクターの魅力をスポイルしないようまとめつつ、どこまで3D独自の魅力を上乗せしていけるか?という点ですね」(ボーメ氏)

■漫画・アニメへの愛情から生まれる創作意欲!
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涼宮ハルヒ(「涼宮ハルヒの憂鬱」より) (C)2006 谷川流・いとうのいぢ/SOS団
いまや世界共通語となった「OTAKU」カルチャー。「美少女フィギュア」の難しさは、3次元では解釈の難しい2次元のキャラクターを現実世界に降臨させるところ!
1980年代、ボーメ氏のとどまることを知らない創作意欲は、ガレージキットの即売イベントへも注がれていく。社員として海洋堂に所属する一方、ワンダーフェスティバルなどに活発に参加し、新作発表や販売などを活動の基盤としていく。ボーメ氏の名はすぐに噂となった。人気イラストレーターのイラストを立体化した代表作「鬼娘」や「虎娘」、ボーメ自身によるオリジナルキャラクター、超人気アニメ「美少女戦士セーラームーン」シリーズ、「新世紀エヴァンゲリオン」などのフィギュアを次々に発表。

「僕自身がマンガやアニメが大好きで、僕が作りたいと思ったそのキャラクターの格好よさとか、かわいらしさを、見る人に同様に感じて共感してもらえるように、多少ポーズやディテール、動きの流れのつじつまがあわなくても、あえてディフォルメをくわえて造型したりもします。」というボーメ氏の言葉の通り、「うる星やつら」のラムちゃんに影響を受けた「鬼娘」など、彼の作品では、キャラクターがまるで意思を持っているように生き生きとしている。

■トレードマークの「ボーメスケール」のヒミツとは?!
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メグ 20才(「爆裂天使 -INFINITY-」より)
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塗装についても高度な技術とこだわりが。
美少女フィギュア界において、氏のトレードマークとなっているのが「ボーメスケール」と呼ばれる1/4スケール(約50cm)級の大型美少女フィギュアだ。「Miss KO2」も、村上隆氏が描いた”自分なりのフィギュア=Miss KO2″をもとに、雛型原型をボーメ氏がボーメスケールの1/3.5スケールで造型したもの。ボーメスケール誕生のヒミツをご本人に聞いたところ、特にこだわっていた訳ではなく、最初は見せ方の工夫だったという。

「ワンダーフェスティバルのようなガレージキット即売会の会場は天井が高く広い場所が多いので普通の室内とは異なり、物のサイズが小さく感じるんです。なのでそういう場所で「目立たせ、見てもらう」ためには、大きな物が有利だろう思ってはじめました。結果的にこれが独自のサイズということで、現在、僕の特徴のひとつになってしまったようです。まぁ、今から考えると昔から視力が悪かったので、そういうのも影響したのかもです(笑)」(ボーメ)

■ボーメを生んだ、海洋堂という自由な会社
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「誉(ほまれ)」
これは 「鬼娘」同様にカルティエの美術館で展示させていただいた作品で、元画は、小林正知さん(スタジオリテイク)が発行されていた本の表紙の画です。当時このキャラクターには名前がまだついていなくて、小林先生から「僕が好きにつけても良い」と言ってくださったので、僕の個人的趣味から、昔の日本の戦闘機のエンジンの名前をいただいて、「誉」とさせていただきました。(ボーメ)
ボーメ氏の所属する海洋堂は、モノづくりの喜びを忘れずに独自の道を切り開くユニークな会社。昭和39年、一坪半のホビーショップから始まった海洋堂。黎明期の頃、会社でなく一店舗だった頃にはボーメ氏も足繁く通っていたという。店頭お菓子のオマケに過ぎなかった食玩を、「日本の動物」、「海洋生物」など独自の目線と高い造型クオリティで手がけ、日本に一大ブームを巻き起こした。大人が子供と争ってコレクションに燃え、「大人買い」なる言葉も流行!そのユニークさの理由は、モノづくりを手がける人間が中心となって企画、運営を行う「特殊技能者集団」と呼ばれる特殊なシステムにある。

「普通の企業は、企業で有るために色々な枠が設けられてる事が多いですが、ウチは、海洋堂らしさって言う部分をとても大事にしていて、むしろ企業であることで海洋堂らしさが失われないようにしていると思います。海洋堂の社風は良く言えば「自由」悪く言えば「放任しすぎ」なのかも知れません(笑)」(ボーメ)

最後にボーメさんにとって、フィギュアとは何ですか?と聞いたところ、「仕事であると同時に、挑戦しがいのあるもの。」という答えが返ってきた。今もインスピレーションの源はマンガやアニメだというボーメ氏。アニメが好きでたまらない、という情熱から生み出されるハイクオリティな作品は、今後も日本を代表するアートとして、世界を驚かせてくれるだろう。

海洋堂

ボーメ氏に5つの質問 一問一答
Question 1: 一番影響を受けたものを教えてください
やはり僕の師匠ですね。造型や塗装そのものの技術面、考え方、さらに社会的な思想に至るまで大きな影響を受けています。
Question 2: この職に就いたきっかけは?
模型と立体物、マンガやアニメが好きだったから
Question 3: 一番好きな映画は何ですか?
洋画なら「ポセイドン・アドベンチャー 」 アニメなら 「長靴をはいた猫
Question 4: 作業場のまわりに必ず置いているものベスト3は?
マンガやアニメ雑誌などの資料、制作に必要な道具、造型材料
Question5: 今おもしろいもの/事って何ですか?
強いて言えば来期のF1マシン 他には深夜枠のお笑いバラエティ番組
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