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箭内道彦:クリエイティブディレクター。1964年、福島県郡山市出身。東京藝術大学デザイン科卒業後、博報堂を経て2003年独立、「風とロック」を設立。タワーレコード「NO MUSIC, NO LIFE」リクルート ゼクシィ「Get Old with Me」など数々の広告を手掛ける。「月刊 風とロック」発行人。バンド「猪苗代湖ズ」のギタリストでもある。
写真:永友啓美
CMプランナー、クリエイティブディレクター、映像監督として話題の広告を世に送り出し、以前はNHKのトーク番組「トップランナー」のMCとしてお茶の間にも知られ、ロックバンド猪苗代湖ズのギタリストも務めるなど、多彩な顔を持つ、言わずと知れた広告業界の異端児、箭内道彦氏。このたび、自身のライフワークともいえるフリーペーパー「月刊 風とロック」創刊100号を記念し、2014年4月25日(金)から「箭内道彦 月刊 風とロック展~愛と伝説のフリーペーパー、その神髄~」が開催される。

「月刊 風とロック」誌面を彩ったインタビューや写真を厳選して展示する展覧会では、会期中に宮藤官九郎や長澤まさみなど豪華ゲストへの公開取材「〈生〉風とロック」が連日開催される。ライフワークの総集編ともいえる展覧会を目前に控え、「月刊 風とロック」について、そして箭内氏の広告に向き合う現在の姿勢について、お話しいただいた。

「月刊 風とロック」より。(左)2007年5月号 忌野清志郎(撮影:佐内正史)、(中央)2012年9月号 成海璃子(撮影:箭内道彦)、(右)2013年6月号 TOSHI-LOW&りょう(撮影:箭内道彦)
※画像はクリックで拡大します。
――「月刊 風とロック」の100号を記念した「箭内道彦 月刊 風とロック展~愛と伝説のフリーペーパー、その神髄~」開催おめでとうございます。
100号おめでたいです。

――毎号0円、私財を投げ打って作ってきた「月刊 風とロック」。箭内さんにとってどんな存在であり続けたんでしょう?
“好きな人しか載せない”っていうそれだけを決めていて、載せたい人がいなくなったらやめようと思って始めた雑誌ですが、今のところ全く止める気配がない(笑)。その人たちのことを僕がどういう風に好きなのかっていうのを、みんなに知ってほしい気持ちで作っている月刊誌なんです。それって“広告”っていう行為なんですよね、僕にとって。あとは0円っていうのが自分にとっては大きくて。

――無料にこだわる理由は何ですか? 毎号数百万円の私財をつぎ込んで作られているそうですが、100号となると少なく見積もっても1億円(!)くらいいきますよね。
いくつか理由があって、1つは0円っていうのは“安い”っていう0円ではなく、プライスレスの0円なんです。自分にとっては1冊1億円の価値があるというか。あとは、イベントでも仕事でも「何人お客さん来るかな?」「商品、どれくらい売れるかな?」って日頃そういう心配ばっかりしているので、そこから解放されたかったというのはありますね。0円だから誰にも文句言わせない気楽さがある。それに、0円だから「下手な編集だな」とか「あまり面白くない」って言われても「別にもらわないでください」って言えちゃう気持ちが、始めた頃は大きかったです。
そんなわけで、すご~く曖昧な日に出るんですよ、「月刊 風とロック」って。5月号なのに8月に出たり、配送代がもったいないから8月号と9月号を一緒に出したりとか(笑)。

――毎号好きな人だけを載せるというのを100号続けて、振り返るとどうでしょう?
好きなものを好きでいるとか、何も制約がない時に自分は何を作るんだろうってことを毎月確かめることが出来ましたね。つまり、自分が純粋でいるための装置だったんですよね。「月刊 風とロック」を作っている気持ちで、CMを作ったりTVに出たり出来ているのだろうかって考える基準値であり、自分のペースメーカーになっていたんですよね。

――博報堂から独立された2003年に「風とロック」という会社を立ち上げて、2005年から「月刊 風とロック」を発行していらっしゃってますが、独立当時から予定していたんですか?
それは思っていなかったです。始めた当時はとにかく「お前何やってるの? わけわかんない」って言われたかったんですよね。博報堂を辞めた時も、意味不明な独立の仕方をしたくて原宿に事務所を構えたんだけど、誰でも入って来られるようにショップにして、そこにカウンターをつくって打ち合わせをしたりしていた。

そんなことをやっていたらTOKYO-FMが声を掛けてくれて、僕がパーソナリティを務めるラジオ番組が始まって、その時に、やっぱりメディアっていいなって思ったんですよね。怪しまれずに話を聞きたい人に会えるんですよね、載せる場所があると。親しい友人でない限り「○○さん最近何してるのかな? ちょっとお茶でも飲みながら話したいな」って思っても、日々に忙殺されてお互い先送りになってしまうでしょ。でも、メディアがあると“会う切符”になるんです。
ラジオの番組をやっている時にそれに気が付いたんですよね。毎週、凄く面白い人達がゲストで来てくれる。会いたい人に会える装置だって気が付いて。それが自分のメディアだったら、より素敵なことだし、楽しいことがたくさん起きるだろうと思って、ラジオ番組「風とロック」が一度終わった(2012年3月10日より復活)、2005年の3月から代わりに始めたんです。その時も前職の会社の人たちは「なんでそんなことやっているの?」って相変わらず言ってくれたので嬉しかったですね。

――独立と言えば、博報堂から前代未聞の“型破りな独立”として話題になっていましたね。
珍しい独立の形だったんですよね。通常、代理店を経て独立する人って、社内で広告賞とかを獲りまくってスーパースターチームに属している人がデビュー(独立)するのが定石なんですが、僕は全くそこにいなかった。でも、インタビューを受ける機会の中で「広告業界は今のままじゃダメだ」とか極端な発言をしていたら、「博報堂に箭内って面白い奴がいる」って仕事を依頼してくれる人が現れたりして、その延長で独立したんですね。それってこれまでには無い独立のパターンだったんです。

――沢山の伝説的エピソードは、インタビューや著作「クリエイティブ合気道」「8715692」をはじめ様々なメディアを通してご存知の方も多いと思いますが、箭内さんは前例のないことをどんどん実行していくイメージがあります。その原動力ってなんだったんですか?
散々、枠にハマって生きてきた後遺症だと思うんです。その頃は、誰もやっていないことや、敢えてやらないことを意識的にやっていましたね。「坂本竜馬になりたい」って思っていましたから。バラバラなものをくっつけたり、新しい時代を切り開くといった事に興味があったんでしょうね。青かったというか、若かったというか。微笑ましいですね、今振り返ると。10年経った今は全く違う気持ちなんですが(笑)。

――「月刊 風とロック」に戻りますが、取材、編集、写真、発行と全てご自身でやっている、というのも驚きです。周りには「手伝ってもいいよ」って言うその道のプロが沢山いらっしゃったと想像しますが。
1人でやっている理由は、人に手伝ってもらうのが申し訳ないなって思っちゃったんですよね。カメラマンにしても、本当だったらお金がもらえるはずなのに、これ、ギャラを払えないですし。だから、自分で撮り始めた。撮り始めると楽しくてしょうがなくなったんですよね。自分で撮ったものを自分でセレクトして、何ページで構成しようが誰にも相談しなくていい。それが凄く楽しかったですね。
人とモノを作るのはもちろん好きですけど、自分1人で作る感じが楽しくて仕方がなかった。自分で印刷代出して、出来上がったものを好きな人たちに見せたら喜んでくれて、それを欲しいって言ってくれる人が沢山いて、さらに楽しくなって、その繰り返し。

今、4ヶ月くらい休んでいるんですよ。それは、100号のためにお金を貯めているんですが、4ヶ月ブランクがあくと、調子が出ないというか、体がムズムズします。いつの間にか、生活の一部というか、人生の一部になってたみたいです。

――東日本大震災直後も休刊されていましたね。
あの時は2011年いっぱい休刊しました。「月刊 風とロック」に使っていたお金と時間を寄付しようって思ったんですよね。そのまま休刊もありだったかもしれないけど、“いつも通りに戻っていく”ってことも大切なことだと思うようになって。楽しいことは楽しいことで、幸せなことは幸せなことで、世の中から減らないようにするべきじゃないかって思って、2012年の1月号からまた復活したんです。

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写真集「風とロックと写真
撮影:箭内道彦|PARCO出版|2014年5月8日発売|3,024円
「月刊 風とロック」からの2冊目となる写真集「風とロックと写真」。RHYMESTER、怒髪天、仲里依沙、吉高由里子、宮﨑あおい、BRAHMAN、長澤まさみ、神聖かまってちゃん、Taka(ONE OK ROCK)、真心ブラザーズ、奥田民生、小山田圭吾、樹木希林、大泉洋、峯田和伸、宮藤官九郎、香椎由宇、奈良美智、荒川良々、杉本哲太、週末ヒロインももいろクローバーZなど、約70組の写真を収録。
――それは被災地の姿とも重なる気がします。展覧会に合わせて、2冊目の写真集「風とロックと写真」も5月8日に発売されます。“ハマった写真”について教えてください。
自分にしか撮れない写真があるかもしれないって思えるようになってから、楽しくなったんです。本職じゃないから露出も計らないし、ブレブレだったりするけど、相手が無防備になってくれるというか、みんなが普段見れないアーティストさんの表情を撮れる。“特等席”って呼んでいるんですけど、せっかくそういう場所にいるんだったら、その表情を撮ろうと。

写真を撮る時は、シャッターを“好き好きボタン”って呼んでるくらい、被写体に対して「好きだ、好きだ」って気持ちで挑んでいます(笑)。で、特等席からの、普段は見ることの出来ない写真に、みなさんも「しょうがないな~」って掲載をOKしてくれるんですよね。
あるアーティストさんの事務所から聞いた話ですけど、通常はふざけた顔の写真の掲載はNGとしているため、ある雑誌からの掲載をお断りしたところ、「どうしてですか、「風とロック」にはああいう写真が載っているじゃないですか」ってクレームが来たとか(笑)。そういう、治外法権の切符の1つが0円ってことでもあるし、ただただ楽しくて作っているものだから、タレントさんもそれに乗っかって許してくれてるのかなって思いますけどね。100号を見返してみると、出てくれたみなさん、たぶん似た考えを持っている人たちなんですよね。

――本当に様々な方が登場されてますが、やはりミュージシャンが多いイメージです。箭内さんにとってどういう存在なんでしょう?
憧れの人です。ミュージシャンって僕にとって天使なんです。自分がなりたくてなれなかったものだし。やっぱり、面白い音楽って面白い人じゃないと作れないと思うんですよ。“ミュージシャン”ってジャンルの人間が好きなんだと思います。でも、読み返すと音楽の話なんてしていないんですよ。好きな食べ物とか味噌汁の具は何がいいとか、そんなことばっかだけど、そういう人間性を広告したいんですね。そんな人間の作る音楽は絶対素敵なはずだから。

――猪苗代湖ズとしてミュージシャンデビューされて、夢が叶いましたね。
猪苗代湖ズとして活動をしているけど、僕はミュージシャンとして音楽をやっているわけではなくてね、メッセージを届けるためなんですね。東日本大震災は予定されていたわけではないけれど、不思議なことに「月刊 風とロック」や仕事の中で繋がってきた人たちが、2011年に一緒に動いてくれた。福島にみんな来てくれた。2005年の創刊から6年目のことで、そのために用意された繋がりとは思いたくないんだけど、感じるものがありましたね。自分はここで何かするために、これまで色んな人と出会ったり、助けてもらったりしていたのかなって。

――そんな箭内さんは、これまで「僕には友達がいない」発言を凄くしてきていますよね。どういうことなんでしょう(笑)?
友達がいることに気が付き始めたのが2010年頃、確実に気が付いたのは2011年。それまでは本当にいないと思ってたから。

――それは仕事が忙しくて、プライベートがないが故に友達がいないということですか? それとも他人との距離感の取り方が独特なんでしょうか?
プライベートがないっていうのもあるけど、友達ってどれくらい仲良かったら友達なのか分からなかったんですよね、子供の頃から。
小学校の時、「あなたの親友の名前を1人書いて提出しなさい」っていう、クラスの相関図を作る目的の凄い授業があって、その時に自分が書いた人が自分を書いてなかったらって思うと凄く怖くなって、多分そこからですね。それに、浪人が長かったからあんまり人に会いたくなくなったというか。そんなことしているうちに、悩みを相談したり相談されたりっていうのも嫌いになってきて。

でも、「友達がいない」発言をしていたら、猪苗代湖ズの山口(隆|サンボマスター)と松田(晋二|THE BACK HORN)に「箭内さん、友達いないって言っているけど、俺ら友達じゃないの?」って言われたんですよね。その時にハッとして。大反省しました(笑)。実際、この3、4年で友達が飛躍的に増えました。現在友達の数、二桁後半になります。

――裏返すと、それだけ人が好きだという事かもしれませんね。
人、好きなんでしょうね(笑)。自分としても意外な気付きでした。嫌だな、なんか恥ずかしいじゃないですか(笑)。

■ 箭内流、人を巻き込むチカラ。豪華ゲストが登場する「〈生〉風とロック」
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――展覧会の話に戻りますが、毎日凄い顔ぶれのゲストが来場し、「〈生〉風とロック」と称して公開取材が行われる予定ですね!
凄いですよね~、このラインナップ。みなさん、表紙になった人たちなんですが、お願いをしてみたら「やるよ」って言ってくれて、あんなに凄いメンバーが集まってしまった。ありがたいです。

――どんなトークになるのでしょうか?
まだ考えてないですが、前半は2人の馴れ初めを振り返ってみようかなって思ってます。これまで一緒に作ったCMや音楽の話とか。

他にもお笑い芸人から女優さん、ミュージシャンまで色んなゲストが登場します。楽しみです、ほんと。期間中発表を予定しているビッグニュースもあるので楽しみにしていて下さい。

――そうやって周りの人は箭内さんに惹き付けられてしまうようです。その秘訣はなんですか?
秘訣はない。心配してもらってる感じ。「0円でやっていて大丈夫なの?」って。心配してもらうっていうのが、一番ズルい巻き込み方なんですよね。 もう一つあるとすれば、僕のポジションの曖昧さかな。裏方でありながら、時々表にも出て世間に晒されている、その両方を知っている感じが、珍しい存在というか、ちょうどいいのかもしれない。晒される辛さってあるじゃないですか。50号(2009年4月発行)くらいの時にふと思いましたね。

■ リアルタイム中毒で作るCMたち
資生堂 uno FIBER IN WAX「entertainment」
cd/dir: 箭内道彦、山本コージ|creative a: 資生堂|prod co: スプーン|post prod co: オムニバスジャパン|cam: 内田将二|ad: 丸橋桂|c: 村澤浩昭|羽生浩一、大桑仁、大越毅彦|pm: 石橋健太郎|l: 米井章文|set designer: 柳町建夫|sty: 伊賀大介|hm: 原田忠|off ed: 松本エイジ|composit: 定岡雅人|CG: リンダ|sound design: 増富和音|na: 谷啓、藤岡弘|m: 勝手にしやがれ
箭内道彦がクリエイティブディレクターを務め、52名のお笑い芸人を起用し、芸人がunoによってかっこよく”変身!”する話題となったCM。
――本職の広告、CMのお話も少しお聞かせ下さい。箭内さんはクリエイティブディレクター&監督としてCMを作られてます。
今は監督もほとんど自分でやっています。なぜかというと、「月刊 風とロック」を1人何役で作るときの速度感が自分にとってノーストレスだから。各方面と調整をしないで済む感じが心地いいんですよね。
例えば、黄色い背景を赤に変更しなくちゃいけない時、監督に言うの「悪いなー、監督にそんなことさせられない」って思っちゃうんですよ。でも、自分だったら赤に変えることを逆に楽しんじゃえたりする。

広告ってみんなの共同作業で、気を遣ったり、闘ったり、守りあったりしながら作っているんですよね。でも、現場にそういう対立構図をもう作りたくなくなっちゃったというか。クライアントも仲間だし、代理店も仲間だし、作っている人も、見る人も仲間だしって感じで今作っているんです。だから監督を兼任して、構図をシンプルにしているんです。

――速度感というワードがでましたが、一貫してしてリアルタイム感も感じます。
それはありますね。永遠の中毒、リアルタイムホリックなんです。その時、その場でしか見れないものや、今みんなが見たいものっていうのが絶対的に嫌いになれない。凄く丁寧に作られたフランス料理よりも、サっと料理された旬を食べる、天ぷらや寿司の方が好きなんですね。
リアルタイムというのはいつも意識してきたし、2011年以降更に強まっている。目の前のこの風景が永遠ではないんだ、目の前のこの人も永遠ではない、そういうのを記録して、残してみんなに見せたいっていう気持ち。いつ失うかもしれないこの今の輝きを撮り続けたい。もちろん、なくならないでほしいのですが。「月刊 風とロック」も同じ気持ちで作っていますね。

東京メトロ「東京グルメ篇」
dir/ex cd: 箭内道彦|a: 博報堂|prod co: 風とロック、すき あいたい ヤバい、東北新社|cam: 内田将二|cd/c: 稗田倫広|c pr: 平井真央|pr: 町田和幸、溝渕浩司|pm: 菊地聖|l: 米井章文|art: 柳町建夫|sty: 二見綾子|hm: 竹下あゆみ|off ed: 小林真理|on ed: 定岡雅人
2012年の東京メトロのCM。「行ってみないとわからない。行ったつもりが一番もったいない」というコピーにも箭内氏のCMに対する想いを感じる。
――それに加えて、近年では、箭内さんご自身と表現物に全くギャップがないようにも感じます。
一体になりましたね。そこが凄く変わったところですね。昔は、「クリエイティブ合気道」って言って、自分にはやりたいこともメッセージもなくて、商品やその広告を作る人のやりたいことを自分が膨らませてあげるんだって強く思っていたけど、やっぱり広告に想いやメッセージを、独りよがりでなくみんなで一緒に込めたいなって思うようになりました。

もうね、欲が全くないんですよね。「これを作ったら賞を取れる」とか「話題になるだろう」っていう欲がないんですよ。5~6年前は、「どんなの作ったら沢山露出されるかな? Yahoo!のトップに載るかな?」って考えていたけど、今はそんなことよりも、商品を作った人が「こういう広告を作ってくれてありがとう」って言ってくれて、その商品を手に取った人が「買って良かった」って、CMをきっかけにみんなが幸せになるってことが自分にとっての幸せなんですよね。相当老けたな~、俺も(笑)。そういうところが明らかに変わりましたね。昔は「画面を逆さまにしてでも目立ってやれ!」って勢いでしたからね。

やはり、全ての商品と全ての仕事は、人を幸せにするためにあると思うんですよ。桃屋の商品を食べて「美味しいね」って家族団欒に繋がったり、「よし! 明日から頑張ろう」って思ったりね。バイパスしていく手口や手法が、破壊から愛情に変わっていった。世の中もそっちを求めているんじゃないかって思ったし、体でそう感じてしまったんですよね。
もっと言うと、自分がかつてやっていたことへのアンチでもあります、今。破壊的だったりインパクトのあるCMに対して、自分がアンチテーゼをして、何も起きない優しいCMを作りたくなった。凄く愛の人になっていますね、僕。

ゼクシィ「ティザー篇」「Get Old with Me篇」
cd/dir: 箭内道彦|creative a: 風とロック、ロックンロール食堂|prod co: ロックンロール・ジャパン|pl/c: 稗田倫広|ad/designer: 佐藤孝好|pr: 内田現|cam: 内田将二|l: 米井章文
リクルートの結婚情報誌「ゼクシィ」のCM。内田裕也と樹木希林が夫婦でCM初共演を果たした。
――アンチ体質、天の邪鬼体質っていうのは昔から変わってないんですね(敢えて阪神ファンだったりとエピソードは多数)。内田裕也と樹木希林が登場する「ゼクシィ」のCMは、愛が溢れていますね。
結婚情報誌のCMを作ってくれって言われてたんですが、僕は全く分からないんですよ。

――それは結婚ということに対してですか?
結婚願望とかないので、全く分からない。「ごめんなさい」ってお断りしたら、ゼクシィの編集長が「そんな箭内さんが結婚したくなるCMって、どんなCMなのかな~?」って言ったんですよね。そうすると血が騒ぐんですよ。確かにどんなCMなのかなって。じゃ、結婚って何だろうっていうのを、希林さんと裕也さんに教えてもらおうというCMなんですよね。あの2人が共演するCMを撮っておいてよかったなーってすごく思いますね。

――その仕事を通して「結婚もいいな」って思われたりしないんですか?
瞬間的には「いいな」って思いました(笑)。その直前に、家族がテーマのビスコのCMを編集をしている時は「子供、欲しいな~」ってなりました。「あぶねーあぶねー」みたいな。CMってそういうものなんですよね。焼きそばのCMを作っている時って、焼きそばが食いたくてしょうがなくなるんですよ。自分がそれを何度も浴び続けるわけだから、自分が自分に洗脳されていく。騙されやすいんだと思います。

■ 社名が消えた1年間。箭内道彦にとっての広告とは?
桃屋「さあさあ生七味とうがらし 山椒はピリリ結構なお味」
dir: 箭内道彦|a: 読売広告社|scd: 小林宏|cd: 野口卓矢|pl: 永野広志、今井俊介|c: 久武正直|pl: 小林宏、野口卓矢|casting: 福澤賢、早川茜|pr: 高田和浩、本橋周|pm: 加藤和紀、豊島優海心
歌舞伎俳優の“ラブリン”こと片岡愛之助を起用した箭内氏の最新作品。
――社名も雑誌も「風とロック」という統一された屋号ですが、「すき」「あいたい」「ヤバい」という会社も作られていますね。
2011年に、「月刊 風とロック」を休刊したとき、社名(風とロック)も「すき」「あいたい」「ヤバい」にしたんですよ。こんなに東日本が傷ついている時に、ロックじゃないだろうって思ったんですよね。“風”っていう字も風化や風評を連想しちゃうから、もっと優しい名前にしたくて。会社に掛かってきた電話に「はい、好きです」「はい、会いたいです」って受け応えする、それだけでも幸せが1つ増えるんじゃないかなって思ったんですよね。

ロックって、破壊とか疑うとか、許さないとか怒るとか、自分はそういうイメージを持っていたんですね。だけど、その年の9月に「LIVE福島 風とロックSUPER野馬追」っていうイベントをやったんですが、それを通して「ロックは実は愛なんじゃないか」って思えてきたんです。そういえば、清志郎さんも「愛しあってるかい!?」って言ってるよな~って。それで、2012年1月に、「風とロック」ってもう一回言ってもいいかもって思ったんですね。「風とロック」って名前がやっぱり好きって言ってくれる方々もいて。そういうわけで、会社の名前も1年間消えてました。

――裏方とフロント半々とおっしゃっていましたが、テレビ番組「トップランナー」の司会業をされた理由は?
当時、依頼のあった仕事は全部受けるって決めていた時期なんですよね。「なんで僕になんだろう?」って凄く思ったけど、断らないって決めてたから。それと、みんなが“箭内道彦”っていう素材をどう使いたいんだろうっていうことに凄い興味があったんです。「僕にMCをしろっていう発想ってなんなんだろう?」って、そこに興味があって、違う自分や面白い自分に出会えるんじゃないかなって思ったのはありますね。
メディアにどんどん出ていこうって決めたわけではなかったし、何か狙いがあった訳でもない。テレビが舞台だけど「トップランナー」は「月刊 風とロック」と結局同じ気持ちでやっているんですよね。ゲストがどんな魅力を持った人なのかっていうのを広告する30分間なんですよね。やっぱり、僕のやっていることってどれも広告なんだなって。それまでは“色んなことをやっている自分”って思っていたんですけど、誰よりも純粋に広告を作っているんだなって。

広告って、商品や人の魅力をみんなに鮮やかに見せていく仕事だって考えたら、2011年以降、猪苗代湖ズの活動も福島を広告しているんですよね。何かを伝えたり、忘れないでいてもらうためのメッセージや装置だったりするんですよね。そういう意味でも、猪苗代湖ズの紅白歌合戦出場はすごく大きくて。代理店に頼んでも買えない最強の枠で広告を流せましたから、出場出来たのは裏方としては凄く重要なことでした。日本中のたくさんの人が見ている時間に、自分たちが伝えたいことを伝える場をもらえたことは凄くありがたいなって思いました。

――そもそも出場は狙っていたんですか?
狙ってました。猪苗代湖ズはアーティストのレコード会社がみんな違うので、僕がプロモーターとして仕込んだり、広げたりしていたんですが、「今年は紅白に絶対出るから、絶対にカウントダウンライブの予定を入れないで」ってメンバーに言ってました。メンバーは「そんなのないだろ」って言ってたんですけど、ギリギリにオファーがきたっていう。

――その「出場出来るだろう」という手応えは何だったのですか?
意味のない確信ですね、使命というか。福島の湖の名前を背負って、「福島が好き」ってことを歌うんだったらそのくらいしなきゃいけないだろうっていう使命感が強烈にありました。

――いつまでも、箭内さんのように、自分の気持ちに素直に、楽しく仕事を続ける秘訣を教えて下さい。
無条件で楽しい仕事なんかこの世界に一つもないと思うんですよ。だから嘘をつくというか。とにかく楽しい振りをし続けると、振りなのか本当なのか分からなくなってくるんですよ。「楽しいんです、好きなんです」って言っていると本当にそんな気持ちになるから、楽しい振りをずっとするのはオススメです。
それと、全ての仕事は確実に誰かを幸せにしている。それを思うと全然頑張り方が違ってくるというか。その証拠をどっかで掴むと凄くいいと思います。たった1人がいいことを言ってくれれば、その一言で一生頑張れるんじゃないかな。

知り合いのミュージシャンが言ってたのは、色々批判されて「死ね」とか「下手クソ」とかネットに書かれていても、でもその中に「あなたの歌を聞いて死ぬのをやめました」っていうのを見つけた時、この仕事を辞められなくなったって。
僕もそうやって言ってもらったり、手紙もらったり、自分がやっていることが、少なくてもその人にとっては無駄ではないんだって実感することは、凄く原動力になっています。

箭内道彦 月刊 風とロック展 ~愛と伝説のフリーペーパー、その神髄~
会期:2014年4月25日(金) – 5月6日(火・休)
時間:11:00 – 21:00(4月27日 ~20:00、5月6日 ~18:00)
入場料:0円
会場:表参道ヒルズ 本館 B3F スペース オー
東京都渋谷区神宮前4-12-10
■ 5つの質問 一問一答
1: 一番影響を受けたものを教えてください
“音楽”だと思います。
2: この職に就いたきっかけは?
“芸術”からのドロップアウト。
3: 一番好きな映画は何ですか?
風の谷のナウシカ」です。
4: 作業場のまわりに必ず置いているものベスト3は?
必ず置いているものは特にないです。
5: 今おもしろいもの/事って何ですか?
今日来た仕事。明日の撮影(と言っていたいですね、いつも)。

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アジア、タイで年に一度開催されるアジア人によるアジアの広告祭「ADFEST 2014」。17回目を迎えた今年は3月6日から8日にかけて開催され、約1,100人がアジア諸国から来場、全17部門のアワードの受賞作品が発表された。

41の都市、295の企業から3,000を超える広告作品の応募のあった今年のADFESTの模様は、授賞式の司会を務めた、株式会社AOI Pro.の海外担当である山本愛さんをナビゲーターに受賞作の紹介をお届けいたします!

■ ADFESTってどういう広告祭?

アジアの広告祭のトップ2と言えばADFESTとSpikes Asiaが挙げられるだろう。ADFESTのコンセプトは“アジア発信で、アジアのクリエイティブを盛り上げよう”。ADFESTのプレジデントであるJimmy Lam(ジミー・ラム|BBDOのクリエイティブディレクター:以下CD)によって提唱され、運営の一切は広告業界を志す学生ボランティアが行うという特徴を持つ。今年の総合審査員長はTor Myhren(トー・ミーレン|Grey New YorkのワールドワイドCD)が務め、各部門の審査員長は全員アジアリージョンから選出、今年は特に日本人審査員が多い年でもあった。 そんなADFESTの今年のテーマは「Co-Create The Future」。ここからは、山本愛さんの視点で今年のADFESTを振り返ります!

今年はアジアの広告業界の流れをしっかり読んでいたと言えるのか、セミナーの内容だけでなく、受賞作品もテーマにしっかり結びついた作品が多い結果となった。広告祭を通じて感じたのが、“コ・クリエーション”の波は確実にアジアにもやってきているということ。
しかし、コ・クリエーションという言葉の意味は、初めて言葉が誕生した時から少しずつ変わってきているようだ。これまでの“コンシューマーとメーカーが一緒にブランドを作るCoの時代”“コンシューマー発信の広告表現のCoの時代”という定義から、ブランド、エージェンシー、コンシューマーそれぞれが既存の役割から少しはみだし、多種多様な形の“Co”が生まれている傾向を示している。そんな受賞作品を辿りながら様々な“Co”の形を発見してみたい。

■ テクノロジーと広告のCo-Creation
「Sound of Honda – Ayrton Senna 1989 -」
dir: 関根光才|a: 電通|prod co: 電通クリエーティブX|digital prod co: Rhizomatiks、Qosmo
フィルム部門でBronze、アウトドア部門でGold、インタラクティブ部門でGrandeとSilver、デザイン部門でSilver、メディア部門でGold、プロモ部門のGrande、インテグレーテッド部門のGrandeに加え、イノーバ部門でのInnova Lotus(Gold相当)と、今年のADFESTで一際輝いた作品が、Hondaインターナビdotsプロジェクト「Sound of Honda – Ayrton Senna 1989 -」。

アジアは欧米ほどビッグデータの活用法の議論は進んでいないが、新しいデバイス、SNSの普及率は他国同様急増を辿っている。そういった背景を踏まえ、このインターナビdotsプロジェクトは、テクノロジー×広告の好例として高く評価された。

「テクノロジーを有効活用する広告は年々増えてきていますが、どこか無機的で、心を動かす暖かみに欠け成功しているものが少ない。そんな中「Sound of Honda – Ayrton Senna 1989 -」はテクノロジーの要素をほとんど感じさせないほど自然な形で、人の心を掴んだ。それも、テクノロジーなしでは成し遂げられなかった」とインタラクティブ部門審査員長のGraham Kelly(グラハム・ケリー)氏は語る。

Royal Australian Air Force「Anytime. Anywhere」
dir: Dael Oates|a: GPY & R Melbourne
続いて紹介するのは、インタラクティブ部門のインタラクティブフィルムカテゴリーでGoldを受賞した「Anytime. Anywhere」。パイロットといった人気の役職以外の採用に困っていたオーストラリア空軍による、リクルーティング用インタラクティブサイトだ。何らかの敵に迫られている状況を再現した本作は、登場する人物、機材、衣類、機体、何でもクリック出来てしまうスーパーインタラクティブコンテンツ。クリックすると、さらに深い内容がこれもまた映像コンテンツで解説がされるのだ。オーストラリア空軍に存在する様々な仕事、決して花形役職だけでない縁の下の力持ち的役職をエンターテイメントとして紹介し、募集に多いに貢献した。

映像の主要メディアがオンラインになった現在、映像の可能性は大きく拡がっている一方で、ビッグデータ同様、上手く活用された例が少ないのも事実。本作は審査会で「ここまでのインタラクティブ性は見た事がなく、今後目指していきたい例。オンラインコンテンツによく見られる技術的な不具合もほとんどなく、素晴らしい作品だ」と高評価を得た、映像の未来の形を提示している作品だった。

Coca-Cola「Small World Machines」
dir: Patrick Fileti|a: Leo Burnett Chicago & Sydney
カンヌライオンズも受賞したコカ・コーラの「Small World Machines」は、50年も続くインドとパキスタンの社会問題を、個人レベルから解決に繋げようという大きな試み。アジアの社会問題を扱った広告は、ADFEST参加者が当事者なだけに高い評価を受ける傾向にある。「Small World Machines」も、テクノロジーの要素をほとんど感じさせないが、実は最先端のテクノロジーなしには実現出来ない作品。“そこにいるリアル感”を演出するために、ウェブカムやiPhoneのカメラではなく、半透明のスクリーンを使用し、3Dやプロジェクションで挑戦している。コカ・コーラの自販機のスクリーンには相手国の人の姿をリアルタイムで映し、手を重ねるなどインタラクションが出来る。イノーバ部門Innova Lotus、ロータスルーツ部門Gold、インタラクティブ部門Silver、プロモ部門Silver、メディア部門Silverを獲得した。

■ エージェンシーとクライアントのCo-Creation
キリン 一番搾り「The Photogenic Beer」
a: 博報堂
日本では昔からエージェンシーとクライアントの距離がとても近い特徴があるが、現在、多くのアジア諸国でもクライアントとエージェンシーの関係が見直されている。その動きから生まれてきた作品は、エージェンシーがこれまでの役割を超えて実現したキャンペーンとなっている。

イノーバ部門とダイレクト部門でGrande、プロモ部門でGoldを獲得したキリン 一番搾りの「The Photogenic Beer」。エージェンシーとクライアントの距離が縮まることにより、クライアントの問題解決を広告という手段ではなく商品開発まで踏み込み、成功を収めたキャンペーン。問題解決にあたり、何が一番効果的なのかを提案することで実現した新しいチャレンジが評価に繋がった。

■ 社会と広告のCo-Creation

今年というよりはここ数年の傾向ともいえるこのCo-Creation。アジアリージョンには後進国や、社会、政治的な問題を抱えている国が多いことから、ADFESTでは、より自分事として重要視されている。

The Most Powerful Arm「Awareness for Duchenne Muscular Dystrophy」
dir: Alyssa McClelland|a: Havas Worldwide Sydney, Red Agency, Finch Production, Reactive Digital
SNSの使い方が高く評価されたThe Most Powerful Arm「Awareness for Duchenne Muscular Dystrophy」。遺伝性筋疾患治療の研究の必要性を、実際に病に苦しむ青年Jacob(ジェイコブ)さんを中心に、政府に訴えるキャンペーン。竹と3Dプリンターで作成したロボットアームは、ジェイコブさんの字体で署名を綴る。ソーシャル上で署名が集められ、また、ロボットアームで書かれた自分の署名はFacebookでシェア出来る仕組みだ。アジアにおいて、Facebook上のキャンペーンは大きく成功した作品が少ない反面、普及率は高く大変注目されている。インタラクティブ部門Goldを受賞した。

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Crisis Relief「7 Likes isn’t Helping: War / Earthquake / Flood」
a: Public Singapore
Crisis Reliefのプリント広告「7 Likes isn’t Helping」が受賞したGrande for Humanityという賞は、まさに“ヒューマニティ”を讃える賞であり、ADFEST特有のものだ。「“いいね!”だけでは助からないよ」という現実を、1枚の強い絵で風刺した公共広告。何でもFacebook上の“いいね!”で終わらせてしまう現代社会に問いかけるように、中心の写真はストック素材を敢えて利用している。今の時代の感覚が1枚の絵で伝わる強さが評価された。

■ カルチャーと広告のCo-creation

アジアリージョンは、インドネシアやタイでSNSの普及率が大幅に進んでいる一方、インドではテレビが最も強いメディアであったりと、テクノロジーの発展具合によって多様な生活スタンダードが存在する。ADFESTでは、最新技術やトレンドよりも、いかにその国のカルチャーに合ったコミュニケーションが適切なメディアで結果を出したかを評価する、歴史の深いリージョンらしい特徴がある。

S-Oil「Neutral Stiker」
a: Cheil Worldwide
メディア部門Silverを受賞した韓国S-Oilの「Neutral Stiker」は、ただプラスチックの紙を車に貼るというだけのキャンペーン。アイデアが非常にシンプルで、人に行動を起こさせるベストな方法論を有効に活用していると高く評価された。今の時代、アプリやテクノロジーを駆使した方向にいきがちだが、本質を捉え、人の行動に根付いた施策からブレてしまうのは無意味だということが再認識出来る作品。

Pampers Diaper「ZZZ Radio」 a: Ace Saatchi & Saatchi
ラジオ部門Silver、ダイレクト部門Gold、プロモ部門Silverー、メディア部門Goldを受賞したPampers Diaper「ZZZ Radio」は、“パンパースが心地よくて健やかに眠れる”ということを訴求するための、泣く子を寝かしつける母親の助太刀キャンペーン。ホワイトノイズ(白色雑音)が赤ちゃんを眠りに就かせるという科学的データに基づいて、フィリピン家庭には必ずといっていいほどあるラジオを利用し、使われていないチャンネルからホワイトノイズを送信する。フィリピンにおいてパンパースはまだ高額商品であり、全てのお母さんが購入出来るわけではない。購買促進という側面よりも、チャンネルのブランディング化により、母親と共に歩くブランドというイメージの醸造に成功した。

同じ母親の育児を手助けするキャンペーンとして、赤ちゃんが泣き止む歌を制作し、インタラクティブ部門Silverを受賞したロッテ カフカの「ふかふかかふかのうた」は、テクノロジーの先進都市東京という場所から、科学的な技術を用いて子供を泣き止ませる映像を開発した作品。使用するデバイスも、ラジオではなくスマートフォン。いつどんな場所でも子供を泣き止ませられ、且つ子供も興味を持つデバイスで実現させたという点が東京のライフスタイルに寄り添っている。どちらも、国の生活スタイルに合わせた最も効果的な方法なのである。

■ フィルム部門はカップヌードルがグランデを受賞!
Frooti「The Magic of Frooti」
dir: Prakash Varma|a: Creativeland Asia
フィルムクラフト部門Gold受賞。音楽がインドで話題になり、商品が大ブレイクした。音楽のみならず、全てのクラフト(キャスティング、演出、カメラワーク)が最適だと評価された作品。
ADFESTでは、これまでタイの広告が特に目立っていたが、近年はインドや日本の作品が目立ってきたように感じる。タイの現地のプロダクションの話によると、グローバルに評価されてきたThanonchai Sornsriwichai(タノンチャイ・ソーンスリウィチャイ)などの数少ない大御所監督がCMをやらなくなってきたこと、さらに続く若い監督があまりいないという見方も。一方インドはボリウッドをはじめ、フィルムの技術はとても高い環境にあり、広告表現が洗練されてきたのではないだろうか。

日清 カップヌードル「グローバリゼーション篇」
dir: 永井聡|a: 電通、Neandertal|prod co: 東北新社
日本がここ何年も獲ることが出来なかったフィルム部門で、晴れてGrande受賞となった日清 カップヌードルのCM「グローバリゼーション篇」は、今年のADFESTの特徴を表すようにも映る。総合審査員長のトー・ミーレン曰く「素晴らしいアイデア、文化的な見識、見事な表現方法が完璧に融合した作品」と讃えた。

■もっと知りたいADFEST:セミナーについて

ADFESTに参加するエージェンシーらが中心になって開催されるセミナー。今年の会場では、「アジアの文化をリスペクトしつつどうグローバル化していくか?」という会話が行き交っていた。グローバリゼーションを風刺したカップヌードルのCMは、そういう意味でもGrandeにふさわしい作品だったのかもしれない。最後にADFESTで行われているセミナーについてご紹介したい。

博報堂のセミナーは「Welcome to the Global Wonderland」。独特なカルチャーやマインドを持ったアジア人が、どうすればグローバルな人種になることが出来るかを伝授するセミナーだ。また、ADKが掲げたテーマは「“Co-creation”について」。一般のファンメイドなブランドフィルムが多く登場する中、エージェンシーが監督する意義やファンとのコラボレーション法を提示した。

プロダクションでは、PSN(プロダクション・サービス・ネットワーク)という、ヨーロッパ撮影全般を請け負うプロダクションのネットワークがADFEST開催中にオフィシャルローンチした。グローバルマーケットの仕事が増える現状を踏まえてのことだった。

これまで以上に、アジアの国境感が薄くなった今年において、文化のカラーが強いアジア各国同士が共にどうやって広告を作り上げてゆくかも大きなテーマであると感じた。博報堂セミナーの最後に、松浦良高氏(上海博報堂市場企画本部長)が「Co-create yourself、Earth Citizenであれ」と言っていたのが印象に残る。これからの時代は自分自身が“Co”でなくてはならない、つまり、マルチな人間であること、そして、人種はあれども、地球人として生きなければならないということだ。「Co-create the Future」とは、まさにコラボレーションする心。“広告”の前に“人”でなくてはならないと再認識させられた。

今回、司会を務めさせてもらったことから「ADFESTの良さって何だろう」と改めて自問した。アジア、アジア・パシフィック、中東と、これほど各国の文化が異なるリージョンはないのではないか。アジア広告の未来を定義づけ、評価するのはとても難しいことだ。しかし、参加する度に残る余韻は、自分の国に対する愛しさと、他国に対するリスペクトの心。そしてそれは、不思議とカンヌライオンズやSpikes Asiaでは感じられないものだ。

アジアが経済の中心になる日は遠くないかもしれないし、今、発展途上にあるアジア諸国を受け入れる土俵があるのは大きな強みとなるだろう。多種多様な文化や経済・社会状況から生み出される広告が平等に評価された時、ADFESTが提示する結果には、実はいろんなヒントが隠されているのではないだろうか。

文:山本 愛(AOI Pro.)
「Space Shower Music Video Awards 2014」(MVA 2014)の優秀作品にも選ばれた、高橋優のミュージックビデオ(MV)「同じ空の下」。2013年5月15日リリースの同名シングルのMVとして公開され、現在までに100万ビューを突破している。前向きなメッセージを放つ楽曲と大きく異なり、夢も希望も失った無職の独居老人をドキュメントしたMV「同じ空の下」について、監督を務めた写真家の大橋仁氏に話を聞いた。

■ 100人以上の老人に声を掛けて実現したドキュメンタリーMV
高橋優「同じ空の下」
dir/cam: 大橋仁|cd: 箭内道彦|pr: 溝渕浩司|pm: 藤浪靖明|ed: 渡辺宏子
「同じ空の下」は、決して優しくない現実を前にして、逃げずに一歩ずつでも前に進むことの大切さを歌う力強い応援歌。一方、MVでは孤独な老人の生活に迫ったドキュメンタリーとなっている。楽曲と別のベクトルのMVにした大橋氏は、どういった意図を持っていたのだろうか。

「この楽曲は非常に力強く人を応援している歌であり、また高橋優という人間自体の“生きていく”ということへの野心を感じさせる、全体的にパワフルな曲です。なので、それにつける画は、曲そのものの持つイメージとは全く違った方向性にした方が、「同じ空の下」という曲がより際立ち、曲と画の化学反応も期待出来ると考えました」(大橋氏)

MVの主人公は、東京都中野区在住、64歳(撮影時)の独身男性、関根廣志さん。「曲のイメージとは、とにかく反対の人を」と、東京という殺伐とした場所で一人暮らしをしていて、苦しみや不安を抱えながらもジリジリと生きている、鋭い毒気を持った70~80代の独身男性をターゲットに、撮影に応じてくれる男性を探し始めた。

「毒気にはギャンブラーであることも欠かせないし、文学の匂いも若干する、将棋指しの老人男性に狙いを定め、スタッフに新宿の将棋会館、そして新宿、大久保の路上を張り込んでもらいました。一目で独身であることや、年齢、撮影させてもらえるかは当てられないので、とにかくそれらしき男性を片っ端からナンパしてもらったんです。
その中から、5名の方のお宅に私が直接お邪魔してカメラテスト的に部屋やご本人の撮影もさせてもらい、それぞれの方の画としての映り具合も曲に当てはめて検証しましたが、これという人はいませんでした」(大橋氏)

それまで約100人に声を掛け続け、納期の都合からもラストチャンスとなる日、大橋氏は自ら将棋会館へ向かい、最後のスカウティングを行った。すると、席を立ち上がって出口へ行こうとする1人の老年男性を見つける。

「スタッフに「あの人には声を掛けた?」と確認したところ、「あの方は撮影可の方です」と言うので、後を追って趣旨を説明して、その日の夜にはもう撮影を始めました。それが関根さんでした。スタッフは70~80代という私のお題を守ってくれていたので、65歳である関根さんに声は掛けていたものの敢えて私に紹介していなかったのです。しかし、失礼な話、関根さんは見た目で70代半ばには充分見えたし、視線は鋭く、苦痛や孤独を宿していたので即決でした。

一般の人にこだわったのは、いくら上手な俳優さんに演じてもらっても、“演じてもらう”という虚構自体が今回の楽曲にはハマらないと思ったからです。曲の持つリアルな力を傷つけない為にも、映っている人が絶対にリアルでなければ曲自身が嘘っぽく聴こえてしまう恐れを感じていたんです。今回の場合は、リアルな曲にはリアルでいくしかないと思いました」(大橋氏)

高橋優「同じ空の下」|ワーナーミュージック・ジャパン|発売中|1,620円(初回限定盤)/ 1,296円(通常盤)
シングル「同じ空の下」のジャケット写真も大橋氏が撮影したもの。
密着取材と撮影は約7日間に及んだが、辛いと感じることは全くなかったと語る大橋氏。何を要求しても「いいよ」としか言わない関根さんに、これまでの人生の話を聞くのは興味深く非常に面白い経験だったという。大橋氏は、とにかくありのままの関根さんを撮影するべく、関根さんの生活の邪魔にならないように空気のように撮ることを心掛けた。MVでも紹介される「歯だけは大切にしたほうがいいよ」「辛くて、苦しくて、悲しい夢を今もしょっちゅう見る」「35年前の人妻とのセックス、あれが一番よかったなぁ」という言葉は、その過程で関根さんの口から自然と出てきたものだった。

7日間にものぼる撮影フッテージの編集にあたって、大橋氏は以下のことを心掛けたという。
「“関根さんの今”をリアルに表現する為に、関根さんが日常的に困っていることや考えていること、関根さんの生活の中にある苦楽のバロメーターの高いところを抽出していった結果でした。今現在、何も無くなってしまったように見える関根さんの中に灯る、一筋の生きる希望の光ようなものを関根さんの言動の中から拾えればいいと思っていました」(大橋氏)

「苦しまず、人知れず、死ねる方法があるなら、いつ死んでもいい」と言い、空虚にも見える生殺しのような日常を生きる関根さん。しかし、最後には僅かながらも希望の光が差すエンディングとなっている。

「自分の中で構成を意図的に組み上げたというより、あれが関根さんという人のリアルだったのだと思います。出来ることなら楽しい人生をより長く生きたいと思うのが普通ですが、関根さんが選んで、進んできた人生の結果が現在のご自身の姿であり、生活なのです。そこで我々に語られた言葉は、生きようとする、もがきのように聞こえました。性欲、食欲、物欲、どんな人であれ、人生最後まで残るのは、あらゆることに対するあらゆる形の欲望だと、関根さんが吐き出す言葉から気付かされました」(大橋氏)

MVの最後、関根さんは「同じ空の下」の「いけるところまでいこう 同じ空の下で」という歌詞を口ずさむ。まるで高橋優と心を同じようにして応援歌を歌うその姿には、「MV全体の中でも希望的に見えればいいな」という大橋氏の想いが込められている。

■ 人間を撮る写真家、大橋仁
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大橋氏が2013年に発表した、3冊目の写真集「そこにすわろうとおもう」より。
© Jin Ohashi
「同じ空の下」は大橋氏にとって約7年ぶりのMV監督作であり、シングルのジャケット写真も担当している。ジャケット写真や広告でも活躍中の大橋氏は、これまでに写真集を「目のまえのつづき」(1999年)、「いま」(2005年)、「そこにすわろうとおもう」(2012年)と3冊発表。写真家として、特に“人間”を撮ることに重きを置いてきた。

「この世で人が一番深く繋がりを持てる対象を撮影したいと思っています。それは物や風景、動物ではなく、やはり人間なのです。ですから、人を撮るのが自分にとっては自然でした。撮影を続け、自分も歳をとるにつれ、人同士が繋がり合い、ぶつかり合うことによって生じるエネルギーを自分が受けて、快感を見出すようになっていきました。勿論、風景や物、動物なんかも撮りますが、やはり第一のプライオリティは人間です」(大橋氏)

大橋氏は、写真や映像という表現手段へのこだわりは一切なく、「生活の中に起こることや、自分自身の変化に反応しているだけで、生んだり、作ったりの感覚はありません。自分の命の欲望が指す方向に向かって行くだけだと思います」と、自分の中の衝動や欲求に逆らわない素直なスタンスで作品を生み出している。そんな大橋氏にとって、“生きること”“写真を撮ること”は何を意味するのだろう。

「自分の命をしっかりと、味わい尽くせるか、生ききることが出来るかということだと思います。その為に自分がやるべきことは、非常に面倒ではありますが、このどうしようもない自分という生き物と、常に非常に細かいコミュニケーションをとることだと思います。神経細胞のレベルで挑戦しています。 写真を撮る時のシャッターは、呼吸をすることと命の欲求という点で繋がっているので、密接な関係があると思うのですが、命の欲望が反応する先に向かってシャッターを切るという意味で、自分は、命肉体先行型撮影者であると思います」(大橋氏)

「自分の命の欲望を満足させたいです」と語る大橋氏は、果てなく変化し、不定であり続ける自身の欲望と誠実に向き合う為にも、何かのポリシーを持つことは敢えてしない。“人間”と対峙し、シャッターを切り続ける大橋氏の最新作は、大根仁監督、オダギリジョー主演のTVドラマ「リバースエッジ 大川端探偵社」のポスターフォト。ロケ地の浅草をオダギリジョーと巡りながら撮られた写真の中から選ばれた3枚が、浅草の各所に掲出されている。

■ 5つの質問 一問一答
1: 一番影響を受けたものを教えてください
人の無意識の本気を感じる全ての瞬間
2: この職に就いたきっかけは?
どのバイトより割が良かったからです。
3: 一番好きな映画は何ですか?
一番好きとかではなく、この前DVDでみたラースフォントリアの「メランコリア」はいいなと思いました。
4: 作業場のまわりに必ず置いているものベスト3は?
特にないです。
5: 今おもしろいもの/事って何ですか?
人間、自分

専門性の高い業務やプロジェクトを外注する“アウトソーシング”という従来の形式から、インターネットを介することで不特定多数に向けて仕事を依頼出来る“クラウドソーシング”という新たな選択肢が生まれている。クラウドソーシングのプラットフォームとして世界中で様々なサービスが普及しているが、「Viibar」は日本で唯一の動画専門のクラウドソーシング・サービスだ。映像コンテンツをもっと手軽に依頼したいクライアントはもちろん、新しいプロジェクトを幅広い選択肢の中から選びながらキャリア形成に役立てたいクリエイターにとっても、双方のニーズから生まれたサービスだ。

2013年にスタートしたViibarは、現在、映像作家の水尻自子氏や、永瀬正敏&大森南朋出演の短編映画「chocolate」を監督した豊永利明氏をはじめ、一定の選考基準をクリアした数百名規模の映像クリエイターが登録するクリエイターネットワークとなっている。TVCMの制作実績を持つ実写ディレクターやコンテストでの受賞歴のあるアニメーターらを中心に構成された、映像制作の共創プラットフォームだ。

発注には、原則としてオンラインコンペ方式を採用。クライアントが与件を入力するとオンラインで企画コンペが開催され、クリエイターは提案アイデアをアップロードすると共に自身のポートフォリオを提示し、クライアントはそれを見てクリエイターを選定するという流れとなっている。また、発注から納品まで、クリエイターとクライアントとのコミュニケーションを一貫してオンラインで完結できるため、お互いの経費やコストを削減することが出来る。

ブラザー工業「OmniJoin」
dir: 水尻自子
Viibarを通じて生まれた映像作品をご紹介しよう。まずは、水尻氏が手掛けた、ブラザー工業のWeb会議システム「OmniJoin」のプロモーションムービー。「動画そのものに興味を持って見てもらえるもの」というクライアントからの与件に、水尻氏らしい柔らかな色彩と滑らかなアニメーション、ナンセンスなユーモアで応えた作品だ。水尻氏はViibarについて、コンペ中の案件の詳細を見て、企画を提案するかどうかを自分で決められる点や、ギャランティの提示がはっきりしている点、オファーされる案件が頻繁で、種類も充実している点などを利点として挙げている。

東洋美術学校プロモーションムービー
dir: 宮本佳典
こちらは、映像作家/デザイナーの宮本佳典氏による、東洋美術学校のプロモーションムービー。シンプルにデザインされたインフォグラフィックスで、東洋美術学校を分かりやすく伝えている。
「Viibarを利用してみて、クライアントとクリエイターをシンプルに結ぶ動画制作における新しい仕組みに、今後がとても楽しみだと感じました。双方間の無駄を省きながらゴールに向かっていけるように、どんどんシステムを向上させていただき、広がっていけばいいなと思います」(宮本氏)

他にも、川崎正裕氏が手掛けた、ゴルフ場予約/検索サイトの楽天GORAの「楽天チェックインサービス」プロモーションムービーなど、実写案件も充実している。これまでに生まれた作品の一部は、Viibarの制作実績でも見ることが出来る。現在は、大手SNS運営会社のアプリ紹介動画(200万円)などのコンペが企画募集中だ。

2014年4月23日には、新機能として「プレビュー機能」「スケジュール機能」「チャットルーム」が追加される。「プレビュー機能」は、動画のプレビューや修正指示をオンライン上で簡単に行えるもの。修正指示は動画の再生時間ごとに行い、リストで修正指示を一元管理することが可能だ。クリエイターも各指示ごとにコメントを追加したり、修正指示の確認を行うことが出来る。クライアントにとっては修正指示の取りまとめ作業が効率化され、クリエイターにとっても修正箇所の確認がミスなく行えるようになる。

なお、β版として新機能を一足早く利用した水尻氏は、「スケジュール機能」は制作進行の役割を担ってくれるので、あまり経験の無い内容の案件でもスムーズに進行することに利便性を感じるという。また、同じく「チャットルーム」は、ファイルを共有出来るので転送サービスや自分のサーバーを使用しなくていいことも大きな魅力だという。

バイラル広告、Webムービー、YouTube広告と、各シーンにおいて新たな動画需要が出てきている中で、クリエイターとクライアントを直接結ぶ新しい映像制作の手段を提供するViibarは、まさに今の時代に求められているプラットフォームだ。ディレクターやアニメーターはもちろん、エディターやカメラマン、ナレーターから脚本家、音楽家、役者まで、映像にまつわる様々なクリエイターが登録可能。無料の登録申請はこちらから行える。
Jackson and His Computerband「Memory」
dir: So Me|prod co: Iconoclast
|DpP: Arnaud Potier
フランス、パリ出身、フレンチ・エレクトロの奇才Jackson Fourgeaud(ジャクソン・フォウジュー)によるプロジェクトJackson and His Computerband(ジャクソン・アンド・ヒズ・コンピューターバンド)の新作ミュージックビデオ(MV)「Memory」が公開! 8年ぶりのニューアルバム「Glow」(2013年9月発売)から、昨年ご紹介した「G.I. Jane」に続くMVとなる。監督は、これまでにJustice(ジャスティス)「D.A.N.C.E」やKanye West(カニエ・ウェスト)「Good Life」、MGMT「It’s Working」などを手掛け、以前はEd Banger Recordsのアートディレクターも務めていたSo MeことBertrand de Langeron(バートランド・ド・ランジェロン)。ジャクソン自ら主演した、白黒の映像が美しい、叙情的なナラティブMVとなっている。

ニューヨークを舞台に、男女の蜜月から別れを描いたビタースウィートなラブストーリー・・・かと思いきや、後半から徐々に時間軸が歪んでゆき、登場人物が入り乱れ、ストーリーが不明瞭になる「Memory」。タイトル通り“記憶”の錯綜を映像化し、過去と現在の境目を曖昧にしてゆく。道路に横たわる女性と、サイレンを鳴らして走る救急車のインサートカットが、物語に不穏な影を落とす。

「初めてジャクソンのアルバムを聴いた時、私はすぐ彼に「Memory」のMVのプランが既に決まっているのかどうか尋ねました。どうしても自分でディレクションしたかったのです。楽曲に一目惚れでした」とSo Meが語るように、本作は彼からの逆オファーによって実現した作品だ。ジャクソンは現代的且つ前衛的な作風にも関わらず、So Meはビーチボーイズのような普遍性を感じたのだという。時代を超えた永遠の都であるニューヨークを舞台にしたのも、モノクロの16mmフィルムで撮影したのも、楽曲の持つ普遍性と同じく、撮られた年代や時代性を映像から消したかったという理由からだ。

ジャクソン・フォウジーが自身のMVに出演するのは今回が初めて。So Meは、彼の出演について次のように語っている。
「アーティスト本人をMVに登場させるのは毎度トリッキーです。どんなに才能豊かなミュージシャンであれ、映像の中で、クールに、もしくはくつろいだ感じとか、ましては演技となると、結果はどうなるか分からないものです。みなさんが同意してくれるといいのですが、今回のジャクソンには全く失望していません」(So Me)

ちなみに、MVに負けず劣らず雰囲気のある「Glow」のアルバムアートワークは、ジャクソン本人に加え、パリ在住のグラフィックデザイナー/アートディレクターRaphaël Garnier(ラファエル・ガルニエ)、ロサンゼルス出身のイラストレーター/モーションデザイナーDouglas Lee(ダグラス・リー)が手掛けている。