アルゼンチンを揺らすキテレツ音楽"デジタル・クンビア"の始祖、ディック・エル・デマシアド登場!
2009.07.29.Wed
Category : +LISTEN , Features / Interview

Dick4067.jpg
Dick el demasiado(ディック・エル・デマシアド):オランダ生まれの55歳。オランダのTVで番組を手がけたのを機に'80年代、映像作家のキャリアをスタート。'90年にはパフォーマンス/メディアアート集団IBM(手頃な狂気のための協会)を設立し、ドクメンタなどでもパフォーマンスを行う。海賊ラジオ番組の制作や執筆業を経て、'03年CDデビュー。5枚のアルバムを残す一方、近年ではアート活動も再開。アフリカ音楽に関する短編映画や、オランダ史に残る海戦をテーマにした映画などが完成を待っている
コロンビア生まれのダンス音楽として、'60年代ラテン・アメリカ各地で広く人気を得たクンビアがクラブ・ミュージックとリンクし、近年デジタル・クンビアとして再生。アルゼンチンを中心に話題を呼んでいる。そのマージナルなゲットー音楽ともいうべき流れに先立って、いち早く作品を発表してきたゴッドファーザー的存在がディック・エル・デマシアドだ。トロピカル要素ゼロのオランダから、ローテク片手に一人、エキゾチックかつゲタ履きな音楽で50デビューしたこの男のキャリアは、常に破天荒なユーモアと隣り合わせ。映像作家を出発に、アートの世界にも残す謎めいたキャリアには、〈ジェームス・ブラウン2世と集中治療室〉、〈玉突き事故を求める行進〉といったプロジェクトや、トラッシュDVDの制作、行き先のない旅行を敢行したアート集団の活動もあるという……あまりに出来すぎた話もアーティスト名よろしくデマシアド(スペイン語でいうところのtoo much)な彼が、日本初お目見えとなるベスト盤「クンビア・ルナティカ/エクスメリメンターレ」の発売に併せて来日。実際姿を見るまで???だった我々の前に、にこやかなディックおじさんが姿を見せた。

Dick el demasiado "Pumpi Pumpi Pumpi" dir: Dick el demasiado
――父親の仕事の関係で20歳までに20もの土地を転々としたそうですけど。
引越が多かったおかげで、短期間で自分を新しい環境に適応させる能力が身についたよ。音楽については各地で聴いてたから、それが無意識に出てくるね。それ以外のアート、映画や文章を書くことについては説明するのが難しいけど、各国で経験したコミュニケーションの困難さが役に立ってる。

――CDブックレットのみならず、ミュージック・ビデオやライヴ映像もご自身で作られてますね。MV“Pumpi Pumpi Pumpi”もその一つで。
〈Pumpi〉がいったい何を意味するかは誰も知らない。面白おかしくもなりえるし、ラテン・アメリカではエロティックな連想もされるよ。このクリップはアメリカの彫刻家キーンホルツへのオマージュ。三方から車のライトに照らされてる黒人の彫刻作品があるんだけど、黒人がこれからリンチされることを連想させるんだ。このMVはアムステルダムの森にパフォーマンスで招待されたときに撮影したんだ。周りに誰もいないように見えるけど、実際は大勢の見学者がいたんだ。

――映像作品はコンピュータで編集するところから全部自分でやられるんですか?
編集は友達と一緒にだね。

――映像や書籍、音楽と、様々な活動がありますが、ご自身の中ではそれぞれをどう位置づけてますか? 特に音楽について聴かせてください。
映像や文章は理知的で論理的なもの。音楽はよりインターナショナルで感情に訴えるアートだね。ワールド・ミュージックを他のアーティストは研究したり、探したりしているけど、幸いにも自分の場合は幼少の頃より身の回りの音楽として接することができた。グァテマラのマリンバ音楽、メキシコやアルゼンチンのフォーク・ミュージック、フランスのポップス、南アフリカの音楽、イラク、アイランド、エジプト、メキシコ……家にあったレコード・コレクションから'50年代から'70年代のものまでカジュアルに聴いてたから、すごく影響を受けたよ。

――今までのCDのブックレット作品で自分の姿をほとんどさらしていないのは、そうした名もなき音楽のフィールドに自分の身を置きたいという思いもあるんですか?
いや、それはビジュアル・アーティストとして、ブックレットには自分の顔よりもアートワークを載せたいっていう考えからだよ。アートにおいては、いろんな言語や好奇心をベースにした作品を作るのが好きなんだ。好奇心は人の中に眠ってるもの。それを呼びさます事がすごく大きな活動の領域だね。

――好奇心を呼びさますという意味ではあなたの音楽もしかりですよね。それにしてもアートの世界でやってきて、48、9歳になって突如ミュージシャンとしてデビューしたきっかけは何だったんですか?
音楽が私にやらせたんだ(笑)。当時やってた、いろんな要素を含んだアートのプロジェクトを一つの本にまとめようと思った。それが「La Lenta pero Incesante Degradacion de las Cumbias Lunaticas(狂気のクンビアの緩慢だが絶え間ない堕落)」。〈クンビア・ルナティカ〉っていう実際には存在しない音楽ジャンルを作って、そのジャンルの架空の人物の伝説的な逸話やインタビュー、ジャンル特有の発生を、文化人類学的に研究した体裁のフィクションの本さ。その作業の中で、本のためにCDを作ることにしたんだ。一曲一曲それぞれ違うスタイルの、違うバンドとしてね。おかげで、自分が苦もなく音楽を作れて、しかも楽しいことがわかった。ディック・エル・デマシアドっていう名前もその中に登場する一人で、しかも曲の出来がすごく良かったから、続けていこうって決めたんだよ。ただでさえ起伏のある人生に、またもう一つ大きな起伏ができたね(笑)。

――音楽をはじめるにあたって影響を受けた特定のミュージシャンなどはいますか?
子供の頃に聴いてた、アフリカのハイライフ・ミュージック、'60年代フランスのジャック・デュトロン、そしてもちろん多くのポップ・ミュージックやロック、あとはバットホール・サーファーズかな。

――そうした中でクンビアに大きく魅かれた理由は?
一歳半の時には中南米に引っ越してたから、ラテン・アメリカは自分にとってすごく自然な環境だった。それに、クンビアは小さい頃から聴いてたから、最もイノセントな音楽としてずっと自分の中にあったんだ。言ってみれば自分には童謡みたいなリズムなんだよ。

――クンビアをエレクトリックに解体してみせるあなたの音楽の方向性も、さっきおっしゃった人の好奇心を呼びさますためのものと言うわけですか。
ユニークな内容、ワイルドな曲もあればピースフルな曲もあるっていう、普通やらないような組合わせにしてもそうだね。ただ、エレクトロニックな音楽を選んだ理由はいくつかあるんだ。1つはいろんなところを旅するから決まったミュージシャンと仕事し続けるのが難しいこと。2つめは、常に手元に素材があるのが便利だったから。3つめはメンバー同士のアイディアや意志の疎通が必要ないことだ。

――あなたの音楽はリズムにしてもフォーマットにしてもクンビアにとどまらないものですよね。そうした曲作りにはハプニング的な要素も入ってるんでしょうか?
私の音楽、曲、アートワーク全てそうだね。そういうハプニングを求めてるし、好きなんだ。でも、曲を作り始めるときはいつだって最初はクンビアからアイディアが始まる。いざ作業を始めると、すぐに全く違った方向に行っちゃうんだけどね(笑)。

――(笑)クンビアを目指した音楽がどうしてこうなっちゃうんですか?
例えるなら、人が月に行こうって計画する時と同じようにはいかないってことだね(笑)。人が月に行こうって決めたら、普通は一直線に月に向かっていくよね。私の場合はあっちこっちを寄り道して月にたどりつくんだ。その寄り道の要素が私には大事。そこに、旅や子供の頃から聴いてきた様々な音楽からの影響も出るのさ。

――その話で言えば、あなたの音楽は月にたどりついてないと思うんですけど(笑)。別の銀河に行っちゃってるっていうか。
(笑)努力してるんだけどね。

――いや、もちろんいい意味でですが。そういう寄り道は、あなた自身の人生もしかり?
そうだね。例えば私は22歳で「NEON-TV」というパンクのテレビ番組で映像作家として一躍有名になったけど、その3年後には全く違うことをやってたりしたしね。自分のキャリアにもいろんな面があるけど、特に音楽は変化に富んでると思うよ。

nnda.jpg
ファースト・アルバム DICK EL DEMASIADO 「No Nos Dejamos Afeitar」
――過去の5枚のオリジナル・アルバムについて簡単に説明してもらえますか?
ファーストは大胆な風刺だね。それはアルバム・カヴァーにも反映されている。アルバム・タイトルの「No Nos Dejamos Afeitar」は〈俺たちは絶対にヒゲを剃らせないぞ〉っていう意味だ。2枚目の「Pero Peinamos Gratis」はアルゼンチンで作った。その時の気分をものすごく反映してて、よりエモーショナルなものだよ。

――ジャケットを含めて、世の中に爪を立てるみたいな意味合いもあるんですか?
いいや(笑)。このタイトルはファースト・アルバムを受けて〈タダでなら髪をクシでなでつけるよ〉っていう意味。車に立ててるのはクシなんだ。ちなみに映ってるのは私の娘だよ。3枚目の「Al Perdido Ganado」はアルゼンチンでアーティストとして地位を築いた時期のアルバム。4枚目の「Sin Pues Nada」はほとんど全てをコンピュータで作った。コンピュータでできる音楽の可能性を最大限追求したよ。

――それであのジャケットですか(笑)。
オー、イェー(笑)。あれを見て映ってる一人が私だと思う人もいたよ。あの映像はこの夏編集に入る映像作品からのものなんだ。タイトルはまだ決まってないんだけど、自分がマッシュルームだと思ってる人々についての作品だ(笑)。ジャケに映ってる2人の顔に線が引いてあるのもマッシュルーム人間のメイクアップ。ジャケットは休憩時間に撮ったもので、その前は頭にマッシュルームの傘をかぶってたんだ。
ppg.jpg
2ndアルバム DICK EL DEMASIADO「Pero Peinamos Gratis」
  sinpuesu.jpg
4thアルバム DICK EL DEMASIADO 「Sin Pues Nada」

――最新作の「Mi Tu」については?
「Mi Tu」は、私にとっては音的にとてもヴァイオレントなアルバム。友達にはアルゼンチンの社会の特徴をよく反映してるとも言われるね。汚職や堕落と共存して生き残る方法もテーマに絡めて表現してるよ。

――アーティストとしてアルバムを重ねていく中で、音楽で目指す方向も変わってきましたか?
いや。自分の身に起こることをどう見るかについてはだいぶ変わってきたけど、音楽で目指す方向もゴールも変わってない。私のゴールは、抽象的な表現になるけど、物事により興味深く到達するためのよりよい質問、問題提起を生み出すこと。クエスチョン・マークと好奇心は友達だからね。

――その意味では、どのアルバムからも消えないクエスチョン・マークを示されているような気分がします。このほど日本で発表されたベスト・アルバム「クンビア・ルナティカ/エクスペリメンターレ」も、もちろんそうした一つかと。
それはよかった(笑)。自分の音楽が気に入ってもらえなければ、提起した問題も無視されてしまう。幸いにも、今はたくさんの人に気に入ってもらえてるので、そこはうれしいね。

・取材/文:一ノ木 裕之

「クンビア・ルナティカ/エクスペリメンターレ」
UTKT004_small-%281%29.jpg
発売中
レーベル:utakata records
価格:2,520円(税込)
解説: 山辺圭司(Los Apson?)
5つの質問 一問一答
Question 1: 影響を受けたものを教えてください
驚き
Question 2: この職に就いたきっかけは?
転々とする事とそこから得た感動
Question 3: 一番好きな映画は何ですか?
George Kuchar(ジョージ・クッチャー)の全作品
Question 4: 作業場のまわりに必ず置いているものベスト3は?
カオス、アイデア、ケーブル
Question5: 今おもしろいもの/事って何ですか?
日本、映像制作、次作の楽曲
トラックバック