映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」DVD化記念!鬼才・若松孝二監督に聞く
2009.02.27.Fri
Category : Features / Interview

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若松孝二:1936年4月1日宮城県生。常に反権力、反体制を旗印に掲げた日本のアンダーグラウンド映画を代表する映画監督。作品は欧米を中心に海外でも高く評価され、『天使の恍惚』が'03年のウィーン国際映画祭に、'04年には韓国の全州映画祭に招聘されている。また、『17歳の風景』は、'05年11月のトリノ映画祭に出展された。
若松孝二監督渾身の作「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」がDVD化される。この映画は、昨年開催された第58回ベルリン国際映画祭において、最優秀アジア映画賞(NETPAC賞)と国際芸術映画評論連盟賞(CICAE賞)を受賞。3時間を超す大作だ。

60年代、国家体制を揺るがした学生運動は、70年代に入ると下火になる。新左翼武装組織・連合赤軍は、幹部クラスの逮捕、国外逃亡で弱体化。警察に追われたメンバーは山岳地帯を転々とし「あさま山荘事件※1」へと至る。若松監督は、連合赤軍のメンバーと同時代を駆け抜け、反権力の視点で映画を撮り続けてきた。周囲には「あさま山荘という題材は俺が撮らなくてはダメだ」と常に漏らしていたという。今回ホワイトスクリーンでは監督に単独インタビューし、映画に対する監督の思いを伺ってきた。


■映画制作の鉄則「権力側からだけは絶対撮らない。弱者側の目線で撮る」
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「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」より
――若松監督が映画を撮る際に、主題はどうやって決めているんですか。
僕の一番の原点は、「権力側からだけは絶対撮らない。弱者側の目線で撮る」これが僕自身が表現する上での鉄則です。

――子供の時から映画監督になりたかったのですか。
僕は映画監督になろうと思ったことは一度もない。農業高校を1年で退学になってしまったくらいだから。家出少年で東京に出てきて、山谷でいろんな仕事をした。1日のおにぎり、昔だとコッペパンを買うのが精一杯。ドヤ街に泊まる生活をずっと続けて、ある事があって新宿の極道の世界に入った。それが19歳の時。その後、喧嘩で捕まって半年ぶちこまれた。その時、権力、つまり警察にものすごくいじめられた。不条理に。こいつらを出たらぶち殺してやると。何かこいつらをやっつける方法はないかと思って、まず小説を書こうと思った。でも学校に行ってないから、原稿用紙10枚書くのが精一杯。疲れちゃって。それで映画を作ってみようと。映像でならできるんじゃないかと。

――映画の世界に入ったきっかけは。
たまたまその時、映画の撮影現場の用心棒をしたときにプロデューサーと知り合って、弟子にしてくれといってテレビ映画の世界に入った。極道から足洗ってね。それが23歳のとき。それから死に物狂いで働いた。僕の上には東大、京大、早稲田のエリートばっかり。助監督もみんなそう。一番下っ端でバカにされながら、殴っちゃおうと思ったけど今は執行猶予付きだから我慢に我慢をして。

テレビの仕事をしていた時に、あまりにも局長が不条理なことをいうから椅子を持って局内中追いかけた。もうこんな仕事やめよう、田舎に帰ろうと思ったときにある知り合いから電話がきて「お前の噂すごいぞ」って。

それで今でも覚えているけど渋谷の台湾料理屋「麗郷」に連れて行かれて、豚の耳と足を食いながら「監督にならないか」って誘われた。その時「自分には監督なんてできない」って断った。すると「オレはお前をずっと見ていたけど、お前ならできる」と。「好きなことやっていいから、脚本持って来い」と言われてね。後にも先にも自分で脚本を書いたのはそれだけですよ。やっぱり最後におまわりぶち殺す映画だったけど。それが「甘い罠」('63)※2ね。これが劇場でかかったら大ヒットした。ちょうど全共闘、団塊の世代の連中がこの映画はすごいぞってことになって。みんな権力が嫌いだったからね。

――この頃の監督は、学生運動をされていた方たちのことはどう思っていたのですか?
60年安保のときは、デモ隊にぶつかると最初は腹が立って仕方がなかった。撮影で邪魔だからね。そのうちに彼らがこういうことに反対してくれているからこそ、僕らが映画を撮れているんだな、徴兵とか戦争に行かないで済んでいるんだな、と思うようになった。反権力の映画をとっていたから彼らも支持してくれたし、大学を辞めて僕のところにきて助監督する連中もいた。要するにみんな権力に反抗している時代で、警察ににさんざんいじめられてるやつらばっかりだったんだね。

■ヨーロッパと日本の評価の違い「プレスリーを歌う元首相の方が国辱だ」
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「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」
――当時の監督の作品は「ピンク映画」と言われていますが、今見るとそうは見えないですよね。
僕もピンク映画だとは思ってない。サービスで女の子のハダカを写せばスケベ野郎どもが黙って喜ぶんじゃないかと思って。僕が言おうとしてることは違うから。当時ね「壁の中の秘事 」(65年)※3がドイツのベルリン映画祭に呼ばれたんですよ。(公式の)日本代表の作品は予選で落ちて、ドイツの人が「壁のなかの秘め事」を勝手に持っていって日本代表になってしまった。そしたら映画連盟が「国辱もの、国の恥だ。ピンク映画を日本代表だなんて」と。国際問題になっちゃった。

――ベルリンでは芸術作品として上映されたということですね。
向こうではね。日本だとピンク映画だけど。この映画、スターリンの肖像の前でケロイドの男と女がエッチする場面から始まるんだもの。そりゃドイツの人はスターリン憎いしさ。別に計算したわけでもないんだけど、そういうものが面白いと思って作ってるだけで。それを国辱とか言いやがって。ブッシュの前でプレスリーの踊りした元首相や、最近、飲酒会見した国会議員のほうが国辱だよ。

■若松プロの設立「自分で作った映画に責任を持つ」
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「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」より
――若松プロを設立された理由は?
ヨーロッパを周ってきて、後の人生は自分の好きなものだけ撮ろうと思った。そして全ての権利は自分で持とうと。それで金がないけど一応プロダクション作って若松プロダクションを設立した。ヤクザやってる友達から十一(10日で1割の利子がつく)で金借りて映画撮って、その繰り返し。配給会社から「こういう映画撮って」って言われても全然違う映画を撮ってやったり。映画っていうものは作っているうちに変わるんだっていうことだよ。

――若松プロは権利を守る目的以外にも、自分で作った映画に責任を持つ目的もあったんでしょうか?
映画っていうのは作ってスクリーンでお客さんが見たときに完成すると思っている。だから自分が創ったやつを大阪までフィルムを担いでいって配給をお願いしたりして。自分で全部やってた。それは今も変わらない。

――挫けなかったんですか?
好きなんだろうね。天職っていうのかな。去年は世界中で12の映画祭に行ってきた。世界を一周している。作品は世界でどんどん売れている。

■「実録・連合赤軍」では自分の別荘を壊して撮影

――今回発売されるDVD「あさま山荘~」のロケ地として撮影されたのは監督ご自身の別荘だそうですね。
そう。宮城県の鬼首ってところ。ちょうど軽井沢と気候が同じなんだね。雪も降るし。5、6年前に別荘を建ててね。あさま山荘の映画を撮ることになって「金がないならこれをぶち壊せばいいだろう」と。別荘なくたって生きていけるもん。これでDVDがいっぱい売れたら立て直せばいいでしょ。

――他に個人の資産も担保に入れたと聞きますが。
千駄ヶ谷にある事務所兼自宅と名古屋にある自分の映画館も銀行に担保に入れた。なくなっても裸一貫で始めたから、どうにでもなるのよ。昔面倒みた友達が「もしだめだったら家おいでよ。酒とメシくらいはなんとかするから、思いっきりやったら」って言ってくれる。いい仲間に恵まれてる。

――役者さんは単独で参加すること、とか3ヶ月間こもりっきり、とか撮影中のルールがあったんですよね。それは監督の方から?
この映画に参加する条件は、マネージャーとかお付きの人をつけるのがダメ。ついてくると、こういうことさせちゃいけない、とか言われるから。それに髪とかメイクとかいじってばっかりで、アホくさくて腹が立ってしょうがない。時間の問題じゃなくて、普通に撮りたかった。お人形さんは撮りたくなかった。洋服も自前だし、メイクもいないし。特殊メイクがいたのも二日間だけ。素人みたいな女の子3人が助監督やってたから。

撮影の時、鬼首のロッジで合宿させた。風呂に入っても顔洗わないんだよ。それは自然に連中が自分たちで考えたこと。遊びに行くところもないから、ストーブの周りで毎日毎日反省会をしてた。みんな自発的に。朝は7時半出発だから、7時までにご飯食べて玄関に立つっていう軍隊方式だよな。

――いつでもそんなに厳しいのですか?
もちろん撮影現場では監督だけど、終われば友達だから。くだらない話してると怒るけど。映画の脚本とかの話はどんどん言いなさいって言ってるの。いいアイデアだったらいただきだからね(笑)。意見を言う人も使われたらうれしいんじゃないかな。うちの場合はみんなで映画撮ってる感じだよ。

――コンパクトな制作チームですね。
撮影3人、照明2人。運転も自分たちでやってるね。

――若いスタッフは赤軍の当時のことを知らないわけですよね。そのギャップをどう埋めましたか?
だからメイキング見ると自分がすごく怒ってるんだよ(笑)。なんでこんな不条理に怒ってるのかと思った。だいたい今の役者って顔がイケメンが多いでしょ。それをどう汚くとるかが問題だった。

今だに(助監督に)感謝してるんだけど。女優さんが初日に河原のシーンでハイヒール履いてきたんですよ。頭きちゃって「帰れ!!」って言ったら、助監督が自分が履いてる靴をパッとその場で脱いで渡したんだよ。寒くて冷たいのに。そこから俳優と女優が変わっていったね。この映画は本気なんだ、と。ちゃらちゃらしたテレビの映画とは違うんだな、って気付いたんじゃないかな。雪で跡つくから本番も基本1回。真剣勝負ってこと。

――今のスタッフは軍隊的なものを嫌いませんか?
テレビドラマの現場だとそうだね。よその会社から美術とか別に来るし。家まで車で迎えに来るし。全部用意して、「ハイ、スタート」って言うだけ。終わると「どこに行きましょうか」って感じでごちそうしてくれるんだよ。帰りどこか行って焼肉とか食って。テレビだと殿様生活ができる。

――テレビ制作は分業ですよね。その分関係が希薄になるということでしょうか。
だからお疲れさん、って仕事が終わったら、スタッフと遊ぶなんてめったにないでしょ。うちの映画のスタッフとか役者は終わっても集まって飲み会やってるよ。よその作り方と違うから新鮮なんじゃないのかな。普通だったら坂井(真紀)さんとか持ち上げるじゃん。僕は誰でもほったらかすからねえ。

――俳優は今までと違う環境におかれて自信を失ったりしないんですか?
僕はそういう怒り方はしない。「くそー」って思わせるようなやり方。本気になってバカモーン!!って怒鳴る。ジム・オルーク※4はオレが椅子に向かって怒鳴ってるって言ってたな。

――画のところでここだけは妥協しなかった、というところはありますか?
そんな余裕なんかないよ。ほとんどワンテイク。撮影日数はおそらく1ヶ月くらいでしょ。別荘なんか二日間だもん。あんな寒いところ、いらんないよ。画なんていうのは、オレのようにべテランになれば「ここ!」って決まるんだよ。キャメラマンは今まで映画一本も撮ったことないやつだもん。ビデオだけで撮った。DVC PRO HDのパナソニックの業務用カメラね。寒いからフィルムだと凍っちゃってダメ。2キャメで、助手二人。固定にしてるカメラはそのまま回して、パンはキャメラマンが撮る。あとはメイキングの一人は小さいキャメラ回してるだけ。

――どの部分をカットしましたか?
この映画、5時間あってね。で、映画の仕事してない人にみせたら「この映画で何を一番見せたいんだ?」って言われて。最後の攻防戦だって言ったら、粛清部分をほとんど切りなさいと言われた。だから切ってます。なぜなら、僕ら撮った側には切れないから。だから関係ない人に見せて、どこがつまんないって言ってもらう。映画の仕事してると、金のかかったところとか切れないじゃん。人間だからね。金がかかってる所はかかった分だけ短く切りなさいっていうのが僕の持論。

■「あさま山荘事件」の認識

――「あさま山荘事件」以降、学生運動が収束していきますよね。この事件に対する若松監督の認識はどういうものでしたか?
あの時は、安保に負けて学生運動が下火になった。そうなるようにシナリオ書いたのが、実はカミソリ後藤田(元警察庁長官)だった。あさま山荘からの中継(※5)をわざと十日間テレビで流したんだよ。それで赤んぼう以外の日本人に「こいつら悪いやつだ」っていうのを認識させて、それ捕まえろ!って機動隊に突入させた。その代わり絶対に殺しちゃいけないという命令をした。連中を殺すと殉教で英雄になっちゃうから。ゲバラにしてもそうでしょ。必ず後に続くやつがいるから。だから捕まえた時カメラの前で「こんなに悪党の顔です」って顔を映して演出した。そういうシナリオが始めからあったんだよ。

――あさま山荘のニュース映像は後藤田正晴(元警察庁長官)らの演出だったと。
そう。だから、「実録・連合赤軍」ではこういうことがありましたよ、というありのままの歴史を残したかった。「時効なし。」って本も書いたけど、映画には時効がないんですよ。何年経っても。

――「あさま山荘事件」を描いた映画としては、原田眞人監督の映画突入せよ!「あさま山荘」事件がありますが。
権力側から描かれたあの映画が連合赤軍の本当の姿だと思われると死んでも死に切れないでしょ。(原作者の)佐々淳行(当時、後藤田警察庁長官の部下)なんてのは全部自分がやったみたいなことを書いて本を出してる。それが原作の映画が原田の「突入せよ!あさま山荘事件」なんだよ。でもそういうの儲かるんだよ。成城に「突入御殿」が建ったらしいよ(笑)。俺の映画も売れれば別荘のリニューアルぐらいしたいけど。

――監督が「実録・連合赤軍」を撮ってから逆に原田監督から何かありましたか?
来ない来ない。ああ、このまえイタリアの映画祭で挨拶には来たよ。オレ原田の女房とかは知ってるからね。

■「映画は教わるものじゃない。自分で覚えるもの」そして「撮る気になったら彼女をだましてでも撮れ」

――これから映画を作る人にこれは言いたい、ということはありますか?
ビデオであろうがフィルムであろうが自分の好きなもの撮りなさい。そうすると自然にお金になるから。つまんねえものいくら金かけてもつまんねえから。

――いい映画を撮るためには?
常にスタンバイしろって言ってる。電車乗ってたら、前にいる人はどんな職業かなって想像したりね。要するに、興味を持つこと。あと、体を惜しまないこと。今日もどうしても弟子になりたい、っていう奴が来たから事務所の階段とトイレをキレイにしろ、そしたら弟子にしてやるって言ってきた。いまごろやってんだろうな。21歳で映画学校に行ってるから、「頭だけじゃ映画とれないよ。やめちゃえ」って言ってる。今の若い人は知ったかぶりで、映画学校ばっかりでしょ。教えてる先生はバカばっかり。映画は教わるものじゃないんだよ。自分で覚えるもの。一人ひとり違うんだから。映画っていうのはこう撮らなきゃいけない、みたいなのはないんだよ。今、監督協会って600人いるけど殆ど先生やってる。それで仕事こないって文句ばっかり言ってる。オレは去年11月にテレビ30分を4本撮ってトリノ映画祭行ったんだもん。それだけやれるのは映画を撮るのが好きだから。女とエッチするよりいいって。それくらい、ヨーイ、スタートっていうのが好き。ものを作るのが一番充実するんだよ。

若い人は映画が撮れないってぶちぶち文句ばっかり言うけど、撮る気になったら詐欺してでも撮れるんだよ。撮りゃいい。コップだけじっと撮ってても映画は映画だからね。どう撮るかが問題であって。彼女だまして撮りゃいいんだよ。見た者が面白いものを撮ればそんなのチャラだからね。

――次回作の予定をお聞かせください。
「芋虫」っていう話あるでしょ。江戸川乱歩のだな。この題名だけもらって書き換えようかと思ってね。満州を作るために送られて、中国人の村焼いたりレイプしたりして、日本に手足を切り取られて帰ってきた男の話。それでおちんちんだけ立つんだよ。軍服には勲章がぎっしり付いて。最後は原爆が落ちて、ケロイドになる。天皇の「耐えがたきを~」が流れるなか、芋虫のように草むらをカサカサいいながら崖から落ちていく。最後に残るのは勲章。芋虫は口で「許す」とだけ書く。すごく気持ちの悪い映画になると思う。

元ヤクザ、ピンク映画監督というプロフィールから怖そうなイメージがあったが、実際にお話を伺ってみると予想に反して穏やかな監督だった。しかし、映画のことを語りだすとサングラスの奥に見える眼が鋭く光った。現在72歳で生涯現役。 「権力側からだけは絶対撮らない」その言葉が耳に残った。(樋口喜昭・取材/文)

※1 あさま山荘事件:'72年2月19日、連合赤軍のメンバー5人が、長野県軽井沢町にある河合楽器の保養所「浅間山荘」において、管理人の妻と共に10日間立てこももった。28日、機動隊があさま山荘に強行突入。死者3名(うち機動隊員2名、民間人1名)。メンバーは全員逮捕された。

※2 「甘い罠」('63):監督としてのデビュー作。低予算であったが見るものを圧倒する映像でピンク映画としては異例の集客力をみせた。

※3 「壁の中の秘め事」('65):ベルリン国際映画祭に正式出品され、さまざまな物議を醸した若松孝二監督の問題作。団地の一室で愛人との密会を重ねる平凡な主婦。そんな彼女の姿が、向かいに暮らす鬱屈とした浪人の心を揺さぶり、やがて狂気を爆発させる引き金となっていく。 内容(「キネマ旬報社」データベースより)
「壁のなかの秘め事」がドイツのベルリン映画祭に呼ばれた:1965年に日本映画連盟が、増村保造監督「兵隊やくざ」など2作をベルリン国際映画祭の予選に出したが落選。しかし、日本映画を上映したかったベルリン国際映画祭側は、ピンク映画である『壁の中の秘め事』を選出し上映したところ、日本映画連盟や日本の評論家が「国辱」と問題視するなど騒ぎとなったという。なお、昨年のベルリン国際映画祭では、若松孝二監督作品『実録・連合赤軍』の出品に合わせて、再び『壁の中の秘事』とその他の若松孝二監督作品が上映された。

※4 ジム・オルーク:元ソニックユースのメンバー。ミュージシャン。現在日本に移住している。今回の映画の音楽を担当した。

※5 あさま山荘からの中継:'72年2月28日、機動隊があさま山荘に強行突入。死者3名(うち機動隊員2名、民間人1名)を出したが、突入の様子はテレビで生中継され、その日の視聴率は調査開始以来最高の数値を記録。人質救出の瞬間は民放、NHK合わせて90%弱を記録したという。
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
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公式サイト
監督:若松孝二
発売日: 2009年2月27日(金)
定価: 4,935円(税込)
販売元: CCRE
収録時間:190分
5つの質問 一問一答
Question 1: 影響を受けたものを教えてください
おふくろ
Question 2: この職に就いたきっかけは?
なし
Question 3: 一番好きな映画は何ですか?
ゴダール の映画
Question 4: 作業場のまわりに必ず置いているものベスト3は?
えんぴつと消しゴム
Question5: 今おもしろいもの/事って何ですか?
映画!
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